2012年04月02日

被曝した人は被曝させたい心理構造にある

こんな書き方って…
とあるブログ記事で紹介されていたブログを読んで目を疑いました。
その記事はこちらです。

ウクライナやベラルーシで患者を見ている人からよく聞く話ですが、「俺も被曝したから、あんたも被曝しろ」という文言を良く吐くそうです。その言葉に何か深い意味があったり、論理的な構造があったりもしないそうです。なんとなく、自分が被曝したのだから、他の人間にも被曝させたいという構図です。こうした、心理構造に被曝した人々はおちいりやすいようです。放射性物質が脳に影響を与えているためなのか、被曝という目に見えないけれども、気持ちの悪い体験をして、今後に不安を抱えている場合、そうした経験を他の人に共有させることで、自分の心理安定をもくろんでいるのでしょうか、よくわかりません。

ウクライナやベラルーシに知り合いがいないので、この言葉の真偽は分かりません。
なかにはそんな人がいるかもしれないことを否定はできませんが、
けっしてみんながそう思うほど、人間はそんなに狭量ではないと思います。

また『放射性物質が脳に影響を与えているためなのか』という文も、この方の考えなのでしょうが、
まるで、事実としてそんなことがあるかのようで、意地が悪いと思いました。
しかもこれだけ、不安を煽るよなタイトルのくせに、
よく読むと最後には、『〜ようです』とか、『分かりません』とか、尻切れトンボなのも解せません。

これまで、何度も自分も放射能に汚染されたのではないか、
このお米は?野菜は?と不安になることはあっても、
だからといって他人にも被ばくさせようとする言葉は、
少なくとも私は、一度だって聞いたことはありません。

繰り返しになりますが、放射能のこと、考えすぎて、なにが正しいのかわからなくなって、
思考停止に陥って、苦しんで、
もうどうでもいいやという心理状態になることはあっても、
それを人にまで、もう訳分からないから一緒に被曝しようなんて、考えになったことはありません。

がれきのこと、すごくナイーブな問題だと思います。
焼却されると濃度が高まるとかも聞きます。
被災地から動かさないことに、賛成。

汚染されていない地域を汚染するのが目的で広域処理を頼んでいる訳ではないんです。
これ以上被曝する人も、土地もない方がいいに決まっています。
むしろどれくらい仙台に、宮城に、東北に放射能汚染のがれきがあるのか、示して欲しいんです。
いったいどういう処理が正しいのか、一緒に考えてほしいんです。

通勤、通学で、がれきを目にするたびに、現実に戻される、と聞きます。

せめてあの日から一歩進むために頑張っている子供たちに、
がれきと称される、これまで住んできた家、おもちゃ、宝物を
一日も早く子供たちの目の前からなくす方法をどうか一緒に考えてほしいと思います。



posted by そら at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災・原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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